胸腔鏡手術による身体への負担軽減
呼吸器外科は、胸部の病気に関わる治療を専門とする診療科で、特に肺や気管、胸膜、横隔膜といった臓器の疾患を扱います。治療の中心となる疾患には、肺がんや気胸、膿胸、転移性肺腫瘍、そして縦隔腫瘍などがあります。これらの疾患は、呼吸器の働きに直接影響を与えるため、適切な診断と治療が重要です。
例えば、肺がんは現在でも部位別のがん罹患数や死亡数では男女ともに上位の疾患であり、一定段階までの進行度であれば手術による治療が必要となる場合が多いです。気胸は、若い世代や長身の男性に比較的多く発症する病気で、肺に小さな穴があいて空気が漏れ、胸の痛みや呼吸困難を引き起こすことがあります。膿胸は、胸腔内に膿がたまる病態で、重い肺炎や外傷が原因となることがあり、感染症の治療とあわせた管理が重要です。また、他の臓器から肺にがんが転移した転移性肺腫瘍も呼吸器外科の治療対象です。縦隔腫瘍は、たまたま撮影されたCTで偶然発見されることが多い腫瘍ですが、基本的には診断と治療を兼ねて手術が必要となる場合が多いです。
当科が最も力を入れている疾患である肺がんの治療には、主に手術が用いられますが、患者さんの病状や進行具合、体力に応じて、手術に加え化学療法や放射線治療を組み合わせることもあります。近年、呼吸器外科の手術は技術の進歩により、ほとんどが胸腔鏡を用いた方法で行われるようになっています。具体的には、当院では胸腔鏡手術が全体の約98%を占め、開胸手術と比べて身体への負担が少なく、患者さんにとってより安全で快適な治療法として主流になっています。
疾患別に適した手術方法
胸腔鏡手術では、胸に小さな数カ所の切開(当科では基本3カ所です)を作り、そこからカメラや手術器具を挿入してモニターを見ながら手術を進めていきます。これにより、従来の開胸手術のように大きく胸を切り開く必要がないため、術後の痛みや出血が少なく、回復も早いという利点があります。さらに、胸腔鏡手術は視野が拡大されて細かな操作が可能であり、がんのように取り残しがあってはならない病変にも正確に対応できます。
当科の主な対象疾患である気胸、肺がん、縦隔腫瘍は、いずれも胸腔鏡で対応可能なものがほとんどです。大きな腫瘍や特殊なケースでは開胸術を選択する場合もありますが、昨年の術中緊急開胸例は1例のみで、予定通り開胸が必要だったケースも数例と、胸腔鏡での対応力が高まっていると感じています。私がこれまで関わってきた胸腔鏡手術は3000例程で、多いときは執刀医として年間230例を超える経験を積んできました。この経験が今の執刀、そして指導に生きていると思います。
当科の患者さんの傾向と疾患
当院の呼吸器外科には、主に地域の内科医や連携医から紹介を受けて来院される患者さんが多くいらっしゃいます。肺や縦隔の腫瘍については、内科の先生からの紹介が多いですが、気胸などの場合には、直接呼吸器外科へご紹介いただくケースもあります。腫瘍に関しては、月に数件の紹介を受けており、地域の医療機関との密な連携のもとで診療を行っています。
救急搬送が必要なケースはそれほど多くはありませんが、気胸の患者さんがまれに緊急搬送されることがあります。肺腫瘍や縦隔腫瘍の場合、緊急性が高くなるケースは少ないため、計画的な検査・治療が中心です。また、当院の呼吸器外科では基本的に紹介での受診が主な形となっており、飛び込みの患者さんはほとんどおりません。
患者さんの男女比については、2023年の1月から8月までの入院データを見ても、男性患者が多く、特に気胸は圧倒的に男性が多い疾患です。230名の入院患者のうち、約160名が男性で、約70名が女性でしたが、このうち64名が気胸の男性患者であったため、気胸患者を除けば男女差はさほど大きくないといえます。腫瘍疾患においては、男女間での発症率に大きな差は見られません。
地域性も患者層に影響を与えています。特に気胸の患者さんは20代前後の若い痩せ型の男性に多くみられる疾患です。仙台地域には東北大学などの教育機関が多く、若年層の男性が集まるため、結果的に気胸の発症例が比較的多くなるのではないかと考えています。
精度と安全性を高める『ダビンチ』の導入
当院の呼吸器外科では、今年からロボット支援手術(ダビンチ手術)を導入し、9月から実際に手術をスタートしました。ダビンチは従来の胸腔鏡手術よりも精度が高く、特に細かい操作が可能であることが大きな特徴です。従来の胸腔鏡手術ではカメラを助手が操作していたため、視点のコントロールが難しい点がありましたが、ダビンチでは自分でカメラ操作ができるため、狙った部位を自在に確認しながら手術を進めることができるのは大きなメリットです。これにより、ストレスを少なくし、より繊細な手術が可能になっています。
ダビンチ手術導入に向けて、私はシミュレーターで20時間以上のトレーニングを積み、入念に準備をしてきました。現在は私一人が手術を担当していますが、今後の患者ニーズや医療技術の発展に応じて、他の医師もトレーニングを受けて体制を整えていく予定です。
ロボット支援手術の導入には、胸腔鏡手術との違いについて患者さんに丁寧な説明が必要です。ダビンチ手術では小さな傷が5箇所必要になるため、胸腔鏡手術の3箇所と比べて傷の数は増えますが、痛みが軽減されることが期待されています。ただし、痛みの軽減効果は個人差があるため、説明には注意を払っています。
呼吸器センターの診療体制とサポート
特に手術が必要な場合には、年齢、呼吸機能、腫瘍の場所や大きさといった患者さん一人ひとりの状況を詳細に検討した上で、最も適した切除法を選択し、患者さんにわかりやすくご提案しています。当院の呼吸器センターには、呼吸器内科と呼吸器外科の専門医が在籍しており、症状や状態に合わせて、適切な検査と治療方針をご提案しています。
たとえば、検査の結果により手術が必要な場合は、呼吸器外科が対応し、治療が手術の適応とならない場合でも呼吸器内科が放射線科と連携しながら、放射線治療や薬物治療といった別の治療方法をご提案いたします。症状が分かりにくいときや、どの科に行くべきか迷った場合も、呼吸器センターを窓口として受診いただければ、適切な診療科や治療方法へつなげていきますので、安心してご相談ください。
地域のかかりつけ医の方へ
地域のかかりつけ医の先生方には、これまでの胸腔鏡手術に加えて、ダビンチを用いたロボット支援手術という新たな選択肢も提供できるようになりました。とお伝えしたいです。ダビンチ手術は特に痛みの軽減が期待され、より低侵襲な治療の選択肢としてご提案が可能です。
ただし、ダビンチ手術は現在、すべての患者さんに適用しているわけではありません。また、当院にはダビンチが1台しかなく、心臓外科や消化器外科と共同で活用しているため、いつでも即座に対応できるものではありません。そのため、腫瘍の状態や肺のコンディションによっては、従来の胸腔鏡手術が最適な場合もあります。
就職をお考えの方へ
外科医として手術スキルを極めたい方には、当院の環境は非常に魅力的です。多くの病院では手術後の抗がん剤治療まで外科が担当することもありますが、当院では術後の抗がん剤治療、経過観察は呼吸器内科医師に引き継いでおります。そのため、外科医は手術に集中できる環境が整っています。特に気胸の患者さんが多く、若手医師にとっても入りやすい手術が豊富です。また、胸腔鏡手術やダビンチを用いたロボット手術など、さまざまな手術を幅広く経験できます。
当直に関しては、外科が担当する数は少なく、基本的に呼吸器内科の当直医師が緊急対応を担当してくれます。それゆえに、QOLも高いことも特徴です。さらに、当院には整形外科がないため、外傷の緊急手術もなく、呼吸器外科での超緊急手術もごくまれです。13年間で、私が対応した緊急手術もわずか2〜3例ほどです。
患者さんにメッセージ
肺がんの手術に対して不安を抱いている方も多いかと思いますが、早期の段階であれば手術が最も効果的で、早く元気を取り戻すための確実な治療法です。実際、手術を午前中に受けた患者さんがその日の夕方には食事をとれることもあります。食べることは回復にとても大切で、人の元気の源でもあります。
手術後に肺が減ることで息苦しさを感じることもありますが、日常生活に支障を来すほどとなることは稀です。今では医学の進歩により、手術自体の負担が軽くなり、安全性も向上しています。手術をあまり深刻にとらえず、医師から提案された場合には一つの治療法として前向きに考えていただければと思います。
経歴
- 宮城県仙台市出身
- 2007年 東北大学卒業
- 2007年 八戸市立市民病院
- 2011年より仙台厚生病院呼吸器外科